大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1595号 判決

控訴人 田中隆

右訴訟代理人弁護士 湯本岩夫

被控訴人 坂本勝男

右訴訟代理人弁護士 飯野仁

同 田村亘

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年四月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ五分し、その一を被控訴人、その四を控訴人の負担とする。

この判決は、金員の支払いを命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、訴外有限会社ジュノン(以下「ジュノン」という。)に対し、次のとおり四回にわたり合計金一一〇〇万円を貸し渡した。(一)昭和五四年一〇月三日、金五〇〇万円、弁済期及び利息の定めなし、(二)昭和五四年一〇月二二日、金一〇〇万円、弁済期同年一一月五日、利息の定めなし、(三)昭和五四年一一月一〇日、金二〇〇万円、弁済期内金一〇〇万円は昭和五五年三月一〇日、内金一〇〇万円は同年四月一〇日、(四)昭和五四年一一月三〇日、金三〇〇万円、弁済期及び利息の定めなし。

2  控訴人は、被控訴人に対し、ジュノンの右各借入金債務につき、その都度連帯保証する旨を約した。

3  被控訴人は、控訴人に対し、次のとおり四回にわたり合計金四四八万円を貸し渡した。(一)昭和五五年三月三日金八〇万円、弁済期及び利息の定めなし、(二)昭和五五年三月一五日、金一六八万円、弁済期内金八四万円は同年四月一五日、内金八四万円は同月二〇日、利息の定めなし、(三)昭和五五年四月七日、金一〇〇万円、弁済期同年五月七日、利息の定めなし、(四)昭和五五年五月一〇日、金一〇〇万円、弁済期及び利息の定めなし。

4  被控訴人は、控訴人に対し、本件訴状をもって右各保証債務及び借入金債務の履行を催告し、右訴状は、昭和五七年四月七日控訴人に送達された。

5  よって、被控訴人は控訴人に対し、右貸金等元金合計一五四八万円及び内金一一〇〇万円に対する右履行請求を受け後である昭和五七年四月一五日から支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、内金四四八万円に対する右同日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

三  抗弁

1  控訴人と被控訴人は、昭和五六年七月ころ、請求原因2、3記載の保証債務及び借入金債務合計一五四八万円を含め、両者間において被控訴人が有する貸金等の債権総額を一三〇〇万円とすることに合意した。

2  ところで、被控訴人は、昭和五七年二月二四日訴外八高大蔵(以下「八高」という。)に右一三〇〇万円の貸金等債権を譲渡し、さらに、八高は、翌二五日訴外高田正夫(以下「高田」という。)に対し、右債権を譲渡した。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本訴において請求し得る債権を有していないものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、控訴人、被控訴人間に控訴人主張のような債権総額を一三〇〇万円とする合意が成立したこと、被控訴人が八高に一三〇〇万円の債権を譲渡したことは否認しその余の事実は不知である。なお、被控訴人は、昭和五七年二月一八日八高に対し、請求原因2、3記載の各債権の取立を委任したことはあるが、八高に右債権を譲渡したことはない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがなく、被控訴人が控訴人に対し、請求原因2、3記載の各債務の履行を求める旨の本件訴状が、昭和五七年四月七日控訴人に送達されたことは、本件記録により明らかである。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  控訴人は、被控訴人との間で昭和五六年七月ころ両者の債権総額を一三〇〇万円とする旨の合意が成立しているうえ、右債権を、被控訴人が昭和五七年二月二四日八高に、翌二五日八高が高田に順次譲渡しているから、すでに被控訴人は本訴請求債権を有しない旨主張するが、《証拠省略》によると、昭和五六年七月一日ころ控訴人、被控訴人間において、ジュノンの倒産と関連して、被控訴人の控訴人に対する債権額を請求原因2、3の債権を含めて一三〇〇万円に減額し、控訴人がこれを分割弁済する旨の合意が成立したが、その後控訴人が右債務の履行を全くしなかったことから被控訴人は、昭和五七年二月一八日たまたま友人訴外藤野某の紹介により知合った八高に対し、右債権の取立を委任し、その際被控訴人は市販の委任状用紙を使用し、これに右債権取立を八高に依頼する旨の委任文言及び委任者の自己の住所、氏名を記載したうえ、八高に交付したことは認められるけれども、控訴人主張のような当時被控訴人が八高に対し、右債権を譲渡した事実は認められない。右認定に反し、控訴人の右主張に副う当審における証人高田正夫及び控訴人本人の各供述は、後記(一)ないし(三)の理由によりにわかに信用できず、また、乙二、三、四号証も後記(二)及び(三)の理由により控訴人の右主張事実の認定に資するに由ないものであり、他に控訴人の右債権譲渡の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は、乙一号証(債権譲渡書の写し)を、原本は手許に存在しないが写しが存在するとして、写しを原本として提出し、被控訴人は、その成立を不知であると争っているものであるところ、《証拠省略》によると、乙一号証の譲渡人欄の被控訴人の住所、氏名の記載部分が被控訴人の筆跡と同一であることは認められるものの、被控訴人は八高との間で、乙一号証のような半紙大の大きさの用紙を用いて委任状を作成しこれに署名したことはなく、また乙一号証の被控訴人名下の印影が、被控訴人の銀行届出印の印影と酷似していることは認められるものの、《証拠省略》に徴すれば、少くとも原本との対照を経ずして、被控訴人の印影と同一であるとまで速断することは躊躇せざるを得ない。さらに、乙一号証の作成日付は、被控訴人が本訴を提起した昭和五七年二月一二日以後の同月二四日であることが認められるところ、このように、一方で自己の債権保全、回収を図って民事訴訟を提起しているものが、他方で右訴訟の請求債権を旬日にして第三者に譲渡するなどということは、通常考えられず著しく不自然である。また、《証拠省略》によると、被控訴人と八高とは、従前特に親密な間柄ではなく、相互に債権債務を負担する関係もなかったことが認められるから、被控訴人が八高に対し、何らの対価関係ないし金員の授受なくして、一三〇〇万円もの多額の債権を譲渡することは考え難いものというべきである。《証拠判断省略》

以上によれば、結局乙一号証は、原本の真正な成立を認めることができないから、真正に成立した原本の存在が明らかでないものというべきである。したがって、民訴法三二二条の趣旨に則り、乙一号証をもって、控訴人主張の被控訴人、八高間の債権譲渡契約の成立を認定する証拠資料とすることはできないものというべきである。

(二)  また、公証人作成部分の成立は争いなくその余の部分の成立は当審における控訴人本人尋問の結果により認められる乙二号証(債権譲渡承諾書)によると、控訴人は昭和五七年二月二四日付をもって控訴人主張の被控訴人八高間の前記債権譲渡に符合する形で右債権譲渡を承諾する旨の被控訴人宛書面(乙二号証)を作成していることが認められるが、《証拠省略》によると、乙二号証は名宛人の被控訴人には交付されなかったことが認められるうえ、乙二号証の確定日附は、控訴人主張の八高、高田間の債権譲渡後、かつ、原審口頭弁論終結後の昭和五七年五月二七日であることなどいささか不自然であり、その記載内容も《証拠省略》に照らしにわかに信用できないから、乙二号証をもっては未だ控訴人の右主張を証するには足りない。

(三)  さらに、《証拠省略》によると、高田は八高から一三〇〇万円の債権譲渡を受けながら、その対価として八高に対し八〇万円支払ったのみであり、しかも、昭和五七年三月以降再三にわたり被控訴人と面談する機会がありながら自己が八高から被控訴人の有していた右債権の譲渡を受けた旨を被控訴人に全く告げていないことが認められるうえ、《証拠省略》によると、高田は控訴人に対し、右債権譲渡に係る債権について支払請求を全くしていないことが認められるなど、一三〇〇万円もの多額の債権譲渡を受けた者としては通常考えられないような態度に終始していることが認められる。

2  以上の事実に徴するときは、昭和五七年二月二四日、被控訴人、八高間において、控訴人主張のような債権譲渡契約が成立したものとは到底認められないから、控訴人の右債権譲渡を前提とする主張は理由がない。しかしながら、前認定のとおり、昭和五六年七月一日ころ控訴人、被控訴人間において、当時被控訴人が控訴人に対して有する貸金等債権総額を前記請求原因2、3の債権を含めて一三〇〇万円に減額する旨の合意が成立したことにより、被控訴人の控訴人に対する右貸金等債権総額は一三〇〇万円に減額のうえ確定したものというべきであるから、被控訴人の本訴請求は右金一三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達後である昭和五七年四月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当というべきである。

三  よって、被控訴人の本訴請求は、右認定の限度においてこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は一部不当であるから、これを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 塩谷雄 涌井紀夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例